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昨日、1年生対象の職業観育成プログラム「コース選択説明会」を開催した。
まず、自分の希望する職種から、学ぶコースや科目を選ぶという試みだが、もうすでに目指す仕事を具体的に決めている学生、まだ迷いをみせている学生など、その反応は様々だった。 「就職活動の第一歩」と言える選択だが、彼らにはこれからの職業人生の中で、何度も選択をせまられる場面があることだろう。 教員B:「10年後の自分のフィールド(活動場所)を想像してみて」 学生A:「思い通りにはなるほど世の中甘くないですよねー」 ・・・でも、人は自分の思い描くものにしかなれないものです。 私は、世界を舞台に活躍するツアーコンダクターに憧れ、旅行業界に入った。活躍できたかどうかは定かではないが、なんとか目指す仕事ができるようになった。 中学校までの夢は学校の先生になることだった。 現在、トラジャルの教員になれた(とても幸せ)。 もちろん、なりたい自分になるためには、思うだけじゃなくて、日々それなりの努力はしていますよ(^_-)-☆。 |
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「相手の立場になって考え、行動すること」「自分にできることは勇気をだしてやってみること」
ホスピタリティは実践することから生まれるとも言えるでしょう。 でもやり過ぎは禁物のケースもあります。以前施設へ手伝いに行った時、半身マヒの方が昼食を食べにくそうだったので、代わりにやってあげようとしたところ、「自分でできることは自分でやりたいんです」と言われました。 本人の発達や成長を考えると、時には何もせず見守ることが一番良い行動ということもあるのです。 1年担任のB先生から「新しいクラスの人間関係になじめてない学生がいて気になっています」という話がありました。ところが、5月になると「今ではすっかりうちとけ合って、その学生がクラスの人気者です」とのこと。先生が介入しなくても、学生は学生同士、ちゃんと解決してくれていることはよくあります。 でも、些細なことでもしっかり気に留めて見ておくのも先生の大切なお役目です。 大阪人気質なのか、トラジャルには世話焼きの先生が多いので(^^♪、私もおせっかいが過ぎそうな時には「心はかけても手はかけるな」と自分に言い聞かせています。 |
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先月誕生日を迎えたが、近年「お誕生日おめでとう!」と言われることがめっきり減ってきた。
「もうめでたいって歳じゃないしね」と同級生は言うが、誕生日はいくつまでめでたいと言ってもらえるのだろうか? でも、今年になってやっと気づいたことがある。 誕生日は感謝の日であり、おめでとうと言われるのではなく、ありがとうを言う日なんだと。 「今日で40ン年目の誕生日を迎えられたのはお母さんのおかげです。生んでくれてありがとう」 母がメールを使えるようになったおかげで、面と向かっては言えないセリフも素直に送ることができた。 そういえば、この3月に他界した父には一度も感謝の気持ちを言葉にできなかったな・・・と悔やまれる。 後悔先に立たず。 思ったことは照れずにちゃんと言葉にしようね。 |
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日米の悲惨な銃撃事件が相次いでいるが、某事件の実行犯が画面の向こうで話しているその表情に、鳥肌が立つような戦慄をおぼえた。
溜め込んでいた怒りが満タンになってあふれ出した時、人はキレるのだろうか?自分で限界を知ることができないのか、限界はわかっても発散処理ができないのだろうか。間接的な報道では人の心はわからないが、感情(例えば怒り)を押し殺すことや消去することの怖さにははかり知れないものがある。 昨年、カウンセラーの先生(※1)から、「怒り」についてご教授いただいた。「怒りは最も自分自身を教えてくれるものです」という言葉に「なるほど!」と納得。自分と向きあうことの苦痛を感じつつも、多様な学生たちに対応するためにも、日々勉強することは大切だと思う。 辛淑玉さん著の「怒りの方法」では、「『怒り』は『願望』にもなるし『絶望』にもなる」とある。正しく怒ることは、人間性を取り戻すためにも重要なことなのだ。また、怒ることがコミュニケーション手段となり、より深い人間関係を築くこともある。 自分の怒りを正しく見つめ(本当は何に怒ってるのかわからなくならない?)、適切に伝える、そして適切に受けとめることで、自分を大切にするとともに、他者を尊重することもできるのだと思う。 うちの学生も80%笑顔だが、時には喜怒哀楽の怒・哀が表れる。でも実は怒ることで本音をぶつけてくれるのは嬉しい。お互いに心を開いて話せるから。 今は悲惨な事件とまでは至らなくても、感情を抑圧された若者たちは多い。学校は社会に出るまでに、感情を表現する、自分の怒りを知る、不快な感情を適切にコントロ−ルするというトレーニングを積む場でありたい。強く生きるための苦の耐性もしかり。そのためには、どんどん練習を積んで、どんどん失敗を経験する過程が学生時代と言えるだろう。 そして練習場にはその失敗をしっかりと受けとめることができる大人が必要なのである。 ・・・というわけで、私たち大人も時には大人気なく学生とケンカもする(※2)が、キレてるんじゃなくて、トレーニングだからね(笑)。 ※1:トラジャルのschoolカウンセラーの先生は、年に4〜5回担任を集めて勉強会を開いてくれるのだ。 ※2:トラジャル祭準備に熱心な学生たち。「どっちでもいいけど」という一言に大激怒!「先生、真面目に考えて!」・・・でも、髪飾りがティアラでもお花でもホントにどっちでも素敵でええやん!(子どものケンカ?) |
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